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■POLICY / 方針:道徳経済
 
 
経済よりも道徳を!
技術革新よりも自然共生を!
 
 
私たちは、自然と共生する社会になることを願っています。自然を支配するために技術革新を進めるよりも、自然の実りに感謝をして、動物たちに寄り添って、人間同士の心温まるつながりに感謝をして暮らせる温かい社会を求めています。経済的な豊かさは、目の前に便利なものを突きつけられるだけの繰り返しでした。それは際限なく私たちの欲望を掻き立てるものではありましたが、決して私たちに幸せをもたらしてくれるものではありませんでした。ですから、私たちは、ひとりひとりが豊かな心で過ごせる道徳的な社会を作っていきたいと考えています。そのためには、まずは賛同してくださる方たちとつながって、地球環境を守り、持続可能なライフスタイルを実践する小さなコミュニティからスタートしたいと思っています。
 
 
 
 
 
1万年続いた縄文時代
その秘訣は自然と共生し
分かち合うことでした。
 
 

縄文時代は、自給自足生活。海や川で魚を採り、木の実を拾い、やじりを作ったり、籠を編んだり。槍も弓矢も罠や落とし穴も作りました。家も道具も全部手作り。病気やケガ人を看病していた形跡もあります。
現代のマッサージのルーツが縄文時代にあたることがわかっていますが、互いに慈しみながら暮らしていました。長老は存在しましたが、身分の差は緩いもので、貧富の差もなく、管理社会とは逆のスタンス。ヒスイやサメの歯やイノシシの牙きばでできたペンダントやシカ角で作ったカンザシ、土製どせいの大きなピアスもしていたようです。髪型もお団子にしたり編み込んだりドレッドのような髪型の人もいたようです。縄文土器はかなり繊細な芸術作品のように作られていますし、クリエイティブでアーティスティックなセンスを持っていました。温かい季節にはキャンプやブッシュクラフトのような暮らしだったようです。竪穴式住居は、半地下を掘って、木の骨組みを樹皮で覆って土をかぶせたスタイルですが、10畳くらいの住居に5-6人が暮らしていて、この竪穴式住居が3-5棟まとまって建っていたようです。同居人は家族とは限かぎらず、家族以外の人が同居したり、若者だけで住んだり、今でいうシェアハウスのような暮らしだったと考えられています。竪穴式住居の難点は湿気がこもりやすいことですが、家の中にある「炉」で火を焚くことで湿気をとばし、冬でも半袖1枚で過せるほど温かくなります。森では、ドングリ・トチノミ・クリ・クルミなどの木の実、イノシシ・シカの肉を食べたり、海ではマグロ・タイ・スズキ・イワシ、川ならフナ・コイなど、意外とカロリーの高いものを食べていました。木の実を粉末にして、現在のクッキーやパンに似た加工食品まで作っていたようです。
貝塚はゴミ箱ではなく、自然に還す場所であったようで、貝殻だけでなく、アクセサリーや人骨も見つかっています。土偶も有名ですが、身代わりの意味やケガの治癒を祈るため、に作られたと考えられています。土偶は、バラバラに壊れた状態で見つかることが多く、壊すために作っていたと考えられていますが、詳しいことはわかっていません。この時代にはシャーマンが存在していて、成人や結婚の儀式として、シャーマンが歯を抜いていたようです。食べ物は自然からいただくもの。必要な分だけをとるスタイルで「足るを知る」が実践されていて、自然共生が実践されていました。縄文時代の次には弥生時代が訪れます。縄文時代から弥生時代に変わるのは、農耕が始まったことによる大きな変化です。縄文時代と弥生時代との大きな違いは「狩猟」と「稲作」という生活スタイルの違いです。この生活スタイルの違いが、「所有」という概念を生み出すことになります。農耕をするために人々が定住するようになると、「自分の家」「自分の作物」「自分の畑」などの「所有物」という概念が生まれます。これによって、人々は争うようになり、弥生時代には、常に争いが絶えなかったことが、遺跡から判明しています。稲作は1人では行えないために集団で生活する意識が強くなり、「ムラ」「クニ」などの集落が誕生します。トップが登場し、権力者や兵士もこの時に生まれました。貧富の差も生まれました。こうして身分の違いがみられるようになります。自分の財産を増やして豊かになるために人々は働き、経済は発展していきますが、争いも増えて、人間関係にひずみも生まれてきます。弥生時代は数百年で終わりをつげますが、1万年以上も続いた縄文時代とは比較にならないくらい短いものです。人口が100万人くらいと考えられている縄文時代と、1億人以上いる現代を比較することはできませんが、この平和な暮らし方が長く続いたということは、ここに何か現代人のサスティナブルな暮らし方についてのヒントがあるかもしれません。縄文時代には、人間が自然をコントロールしようとは考えませんでした。人間も自然の一部だと考えていたからでしょう。自然と対立するのではなく、自然と共生することが人間が生きる道でした。人間が自然を支配しようと考えた時、所有しようと考えた時、人間同士が争いを生み出し、全ての終わりを招いてしまうのかもしれません。

 
 

 
◆注目を浴びる縄文時代
 
ひそかに注目を浴びている縄文時代は、土器や土偶で有名ですが、土器や土偶に込められた縄文人の様々な記憶、日々の暮らしを重ねる中で生まれた喜びや悲しみなどの感情は、現代の私たちと少しも変わりがありません。縄文時代は、合理性や利便性ではなく、生きることや命をつなぐことに学ぶべきものがある時代として、特に20-30代の若者に指示されています。私たちは現代文明の行き詰まりの中で、個人的、社会的な様々な課題を抱えていますが、縄文文化には、縄文人の生き方を通じて、現代社会・・・・・
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1万年も続いた縄文時代
 
私たちは、縄文人の生き方、その精神性に触れるとき、未来を照らす持続可能社会のための大切なヒントを見つけることができます。約1万年にわたって長く平和な時代が続いた秘訣はなんだったのでしょうか。西洋医学の歴史はたった100年です。飛行機が空を飛ぶようになってたった100年です。この100年で地球上の人類は便利なものを手に入れることができました。しかし、それと同時に何かを失ったということかもしれません。縄文時代の支え合いや助け合いの生き方は、私たちが忘れてしまった大切・・・・・
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自然と共生した持続可能社会
 
縄文時代は、環境負荷がゼロの時代です。木の幹をくりぬいてつくった丸木舟を物資の運搬や移動に使いました。装身具として使われたヒスイ、コハク、黒曜石は、広範囲の縄文遺跡から見つかっていますが、それぞれの産地は限られていますが、一部に富が集中していた形跡がないことから、ビジネスではなかったと考えられています。縄文人たちは、手土産を持ってほかの集落を訪ね、これらは交易によって各地に運ばれたと考えられています。自然の恵みと、自然から学んだ縄文スピリットによって、平等で平和・・・・・
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◆知識の共有で集落を形成した
 
あらゆるものにカミが宿ると考えていた縄文人は、貝殻や魚の骨などの食べかすから、壊れた道具や灰、炭などまで、さまざまなものを送り場で感謝の気持ちとともにカミの元へ送り、再生を願ったようです。死者も地面に穴を掘った土坑墓やもの送り場に埋葬したようです。また、人と同じように丁寧に埋葬された犬の骨も見つかっており、犬を育て大切にしていたこともうかがえます。お互いに助け合う縄文時代の暮らしでは、狩猟の方法や道具などのつくり方、集落内の習慣、部族の歴史などについての知識・・・・・
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◆上下関係や差別のない共同体
 
入江貝塚で見つかった20歳に近い人骨は、手足が異常に細いことから、なんらかの病気が原因で立って歩けなかったと考えられ、寝たきりの生活を送っていたのだろうと推測されています。そして、丁寧に埋葬されたということは、家族など周囲の人々が助けていたのだろうと推測できます。縄文集落は、祖先の霊を祀る墓地広場を中心に、竪穴建物が等間隔に並ぶ環状集落です。このことと、集落内に特別に区画された居住跡や施設跡がないこと、財産を副葬した大きな墓がないことなどから、縄文時代の・・・・・
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日本の心を取り戻すこと
 
 

日本文化の起源は、縄文時代までさかのぼり、当時の日本人の祖先は自然のなかで暮らし、自然には決して逆らわないように生きてきました。日本では、四季があって常に季節は変化し、梅雨があり、風が吹き、猛暑があり、雪が降ります。時に地震が起き、川が氾濫します。多彩に変化する自然と共生してきた国では、八百万の神々が崇拝され、私たち人間がちっぽけな存在であると認識の中で文化を形成してきました。死は特別なものでなく、生きるものの宿命として受け入れられ、自然の力は人間よりも遥かに高いものという考え方で、日本文化は受け継がれてきました。一方、気候が一定で自然の驚異にそれほど晒されてこなかった西洋文化では、人間の力は強大で、すべてを支配するべき特別な存在として認識されています。西洋における死は日本とは異なる概念です。人間の魂は永遠であるべきで、永遠の肉体を求める考え方は、生まれ変わりを切望するのが西洋文化です。その思想はミイラや巨大石造墓地などに表れています。自然は敵でそれに翻弄されない頑丈な人工物を作ることが正義で、技術を革新して、戦いに勝つことが正義です。他の民族を次々と制圧し、力を増大させて、自然をも地球をも支配しようという考え方です。自由に対する考え方も、西洋と日本とは異なります。西洋の自由を勝ち取る運動は、誰かの束縛から逃れることや解放されることを目的としたものばかりです。日本における自由には政治的意義はありません。松は竹にあらず、竹は松にあらずに、松は松として、竹は竹として、山は山として、河は河として、その拘束なきところを、自分が主人となって、働くこと、これが自由である。これを必然性といい、天上天下唯我独尊といい、その物自体、すなわちその本性なるものから観ると、その自由性で自主的にそうなるので、何も他から牽制を受けることはないということです。自然と向き合ってきた文化とほかの人間たちに向き合ってきた文化は大きく異なる文化を形成しています。日本人からすると、西洋文化は、人間の力を過信し、力を鼓舞して戦って支配する制圧文化のよう思えてしまいます。日本文化は自然と共生する文化です。対立するのではなく、共生する心を尊び、受け入れて活かし、共存する方法を模索し、調和することで育まれてきたのが日本文化です。支配や制圧ではなく共生する心が日本文化です。今、自然が制圧されて地球が悲鳴を上げています。世界中が困惑し、始めて共生する道を探し出しました。今こそ日本がその心を世界に向けて発信するときです。

 
 
 

 
和の心
 

「和の心」は、世界の中で、日本人の美徳として受け入れられています。「和の心」とは、互いを信頼し、集団行動でのルールを守り、他人に迷惑をかけないことをモットーとする精神です。自己主張することよりも、他者を慮り、調和を図ることが日本人の美徳でした。しかし、戦後の日本は変わりました。和の心を無くしてしまった人は国際人とは言えません。「騙されるから人を信用しないで、自分の主義主張は相手を攻撃してでも押し通すことが常識だ。個人主義なのだから、もっと自分を表現して・・・・・

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自然と共生した日本文化
 
日本人は自然を生活に取り込むことで独自の文化を発展させてきました。ヨーロッパ中世都市の住居は石や煉瓦でできており、壁は古くなるとペンキで塗り替えられるます。日本のように木と土と紙の家は見かけません。崩れかかった古びた築地塀は存在しません。ベルサイユ宮殿の庭園は、宮殿の2階から見てこそ美しいが、日本庭園は上から見おろすように作られてはいません。噴水は西洋では富と権力の象徴とされていますが、水は上から下に流れるものなので、下から上へ吹き上げる感覚は日本庭園には・・・・・
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日本人ならたまには着物を
 
日本の伝統衣装は着物です。和服というのは西洋服に対する言葉ですね。洋服は、着る人の体型にぴったり合ったサイズで作られます。そのため、ウエストのサイズなどが合っていないと着用することができません。3次元の立体構造で出来ていますので、中に入る人を選んでいるということです。洋服は、似合う似合わないがあるように、実は、洋服が着る人を選んでいます。それに対して、着物は着る人を選びません。着物は2次元の平面な布ですから、その人なりのカタチにあちらが合わせてくれます。・・・・・
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士農工商は身分制度ではない
 
江戸時代の日本には「士農工商」という身分制度があったと学校で学びました。しかし、現在の教科書には「士農工商」という文言がありません。それはカースト制度のように確立された身分制度ではなかったということが明らかになったからです。それは職人や町人などの単なる職業分類のようなもので、武士の息子が小作人になったり、職人に弟子入りしたりしていた社会でした。下級武士が長屋に住んで傘職人になったり、町人が武士に金を貸したり、職人の息子が医者になったり、武士の称号を与えられた・・・・・
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街にゴミが落ちていない
 
17世紀から18世紀にかけてヨーロッパ諸国の貴族社会では、夜ごと着飾った伊達男と貴婦人たちの舞踏会が繰り広げられていました。西洋の都市では、一般の人たちは糞尿を部屋の窓から外へ投げ捨てるのが習慣となっていて、貴族たちも糞尿を「ポイ捨て」するのは当たり前でした。ヴェルサイユ宮殿での舞踏会はいつも鼻が曲がるような臭いの中、行われていたそうです。江戸の街はパリやロンドンを超える大都市でした。ゴミ問題は現在も大きな問題ですが、江戸の街はゴミが落ちていなかったといいます・・・・・
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話し合いで決める文化
 

日本の文化は、話し合いによって関係者の感情への配慮やコミュニティの調和を重んじてきました。オオクニヌシの時代から盛んにコミュニケーションが行われました。当事者同士の調和や関係を重視し、新たな創造やビジョンを実現していくことでした。江戸時代にも、村では三日三晩酒盛りをしながら、あーでもない、こーでもないと語り合った記録があります。みな平等に発言でき、反対する人がいなくなるまで、話し合いがずっと続きました。これは江戸時代から始まったものではなく、さかのぼって・・・・・

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ストレスという言葉がない
 
江戸時代までの社会には、「ストレス」という言葉がありませんでした。それは神様が与えた試練という言葉で受け止めてきました。試練があるから協力して協調して乗り越えていくこと。それで互いに感謝をしながら生きるという社会でした。現代はそれとは全く違った考え方になりました。ストレスの原因が○○だから、相手を責めて賠償しろ!というスタイルです。調和も協調もなく、屁理屈で相手を打ち負かすことがいいこと。勝てば○ですが、撒ければ×です。そりゃ自殺者も増えることででしょう。・・・・・
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世界が認める武士道精神
 
刀という鋭利な武器を腰に帯び、高い身分をもった階級が、ただの「力と権力だけのらんぼう者」にならなかったのは、道徳観念があったからでした。武士道とは「死ぬ覚悟をもって生きろ。」ということ。「生きる質を高めよ。」ということ。ジョブスの「今日が人生最後の日だとしたら・・・」ガンジーの「明日死ぬかのように生きよ。」これらも武士道です。武士道とは、「瞬間にすべてをかけて一心不乱に生きる。」ということ。道とは、己を律して、己の足りないところに気づき、自ら学ぶということ。・・・・・
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◆ペリー来航と西洋文化
 
明治維新はペリー来航から始まりました。鎖国をしていた日本は、外圧によって開国が迫られ、明治44年に不平等条約が締結されました。日本は、徳川幕藩体制が終わり、社会は様変わりしました。明治維新がもたらした文明は蒸気機関車など豊かな文明でした。しかし、同時に1000年遅れた低レベルの文化を押し付けられる結果となりました。文明と文化は異なる概念です。日本が押し付けられた文化。それは、法律違反しなければ何をしても構わないという民度の低い考え方です。西洋文明は基本的に・・・・・
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◆西洋による日本支配
薩長が戊辰戦争を起こし江戸幕府を倒しました。どちらも尊王論でどちらも開国論だった両者が戦った戊辰戦争。本当の目的は何だったのでしょうか。アメリカは、当時金銀の両替比率が違っていたことを利用して、日本のあった金を奪うことに成功しました。日本国内の金は4分の一になりました。徳川幕府は大政奉還し、朝廷は新しい日本の国づくりを行いました。都市伝説では、明治天皇のすり替え説が有力ですが、近代国家という名のもとに新たな明治政府が作られました。西洋による日本支配の始まり。・・・・・
 
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◆支配と隷属による支配構造
 
江戸時代までの日本では、上下関係なく皆が自由に意見を交換し、皆で決めて皆で行動するという考え方によって社会は成り立っていました。それぞれが自分のできることで皆の役に立つ。できないことは他にお願いし、他を尊重して御恩返しをするという人間関係の中で豊かな社会が続いていました。しかし、開国を迫られ、社会は西洋型支配構造を押し付けられました。西洋型支配構造は、支配と隷属による構造。支配する者と支配される者に分断されるピラミッド型社会。これによって、抑圧されて抵抗する・・・・・
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私たちPRAが推進する活動
精神性を取り戻した人たちの
感謝を忘れず恩返しで成り立つ
他を尊重して調和する社会へ
 
 
私たちは自然と共生する持続可能な社会を目指しています。プリミティブな原点回帰ライフスタイルを提案しています。捨て去られたものを活かし忘れられたものに価値を見出し、共に助け合い共に分かち合うシェアリングビジネスによって、何も壊さず何も傷つけない道徳経済活動だけを実践しています。そこから得られた収益で不要な土地を買い取り再生しています。そして地球環境保護のためのボランティア活動を推進しています。私たちはこのように持続可能な循環を構築し日々活動しています。
 
 

 
生態系を保全する
 
生態系を保全し人間以外の生き物たちの住処を確保します。森を増やしてCo2を削減し、自然環境を保全し、そこに暮らす動植物を保護することは、急激な気候変動に対して有効な手段です。地球上の生き物の中で、地球環境を破壊しているのは人間だけです。人間は経済活動のために、地球を資源と捉えて、資源を搾取するために、森林を破壊し、生態系の循環を壊し続けています。経済を優先する考え方が地球の環境を急激に変化させています。地球を資源としてではなく、あらゆる生命の源であること・・・・・
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大きな木は伐らないで残す
 
大きな木は伐らないで活かします。1世帯から排出されるCo2は1年間で平均4500キログラム。40年生のスギが吸収するなら、1世帯をまかなうのに509本分も必要になります。木の種類ごとにも二酸化炭素吸収量は異なりますが、一般的に年間吸収量は「幹の体積の増加量(m3/年)×容積密度(トン/m3)×拡大係数×炭素含有率」で表されます。大きな木は二酸化炭素吸収量も大きいため、他の問題がない限り伐らないで活かします。・・・・・
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山林や空き地のゴミを拾う
 
森や空き地に転がっているゴミを拾い処分します。こんなところに!と驚くような場所にゴミが放置されていることがあります。ゴミに気づいたらすぐに拾う習慣は大切です。ゴミを放置すると、ますますゴミが増えていくものです。汚い環境を放置しておくと、また別の誰かがその場所にゴミを放置するようになってしまうものです。再利用できるゴミは再利用するために分類して保管しておきます。・・・・・
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廃棄されるごみを再利用する
 
ゴミはできる限りリサイクルし資源として再利用します。ゴミは、焼却処分するだけでもCo2を排出します。できる限り資源として利用し、新たな価値を創造する努力をします。アースシップハウスは、廃タイヤ、空き缶、空き瓶を建築資材として再利用してデザイン性に富んだ空間づくりを試みています。・・・・・
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山林をメンテナンスする
 
山林は芝刈りや植樹を行ってメンテナンスします。山林は放置すると劣化しますので、定期的なメンテナンスを行います。ある程度間引くことで木の成長を促し、根張りをしっかりさせることで、土砂災害を防ぐことができます。ツタが絡まってしまうと日光を遮り生育が妨げられるため、二酸化炭素吸収量を低下させます。また、自然災害を大きくしないためにも除去する必要があります。除草剤や農薬を使わず手作業で芝刈りを行い、生態系の循環を阻害しないようにしています。・・・・・
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自然と親しむ機会を増やす
 
アウトドア事業を通して自然の素晴らしさを体験してもらいます。鬱や精神疾患の原因は自然不足かもしれないと指摘されています。自然欠乏症候群が不眠や倦怠感などを引き起こし、精神疾患の引き金になっているとも言われています。都会生活の中に小さな緑の環境をつくることは、人間に精神的な幸福度を与えることにプラスの影響を与えることは確かなことで、ずっと以前から、哲学者や、都市の景観を設計する者は、都市生活のなかに自然の要素を組み込む方法を模索してきました。しかし、・・・・・
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プチ自給自足を推進する
 
空き地を畑として活用し、自給自足で食料を賄う環境を作ります。すでに農薬で汚染された土地を避けて、空き地を新たな畑として利用し、自給自足で野菜を育てる自然農が実践できる貸農園を増やすことで、食の安全を確保し、食料自給率を高める活動を行っています。自家消費を目的とした農作物の生産は、既存の農業を圧迫することもなく、大規模農業と共存できる方法です。建物が建築できない市街化調整区域は比較的住宅地に隣接しており、ユーザーにとって便利なサービスを提供することが可能で・・・・・
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空き地は避難所として利用する
 
空き地は災害時の緊急避難場として利用します。空き地は自然災害が発生した時にみんなが使える緊急避難場所として利用できるように整備をします。地震、津波、台風などの自然災害によって建物が倒壊し、インフラがストップした状況を想定して、テントシェルターを設置し、人命を尊重する街づくりを推進していきます。災害時に大規模な避難所に人が集うことで細菌やウィルスをまき散らし、新たな2次災害を発生させる可能性もありますので、仲間や家族単位で利用できる小規模な避難所を用意しておく・・・・・
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空き家は自然共生モデルとして利用する
 
空き家は循環型住空間に改築し自然と共生する環境モデルを作ります。空き家はエコシステムを導入してなるべく自給自足生活が実現できるような循環型住空間に作り変えていきます。地球環境に負荷をかけずに、エネルギーを節約し、人間らしい自然と共生する暮らしの環境モデルを増やしていきます。自然に寄り添いながら、限りなく自給自足生活が実現できる環境は、コンピュータによる管理社会と対極に位置するものですが、これは現代社会の脆弱性をフォローするものとして、最強の持続可能社会の実現・・・・・
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雨水などの天然資源を利用する
 
天然資源を循環させて再利用する環境整備をします。できる限りエコシステムを導入し、自然エネルギーが循環する仕組みを作ります。飲料水や生活用水は、屋根で集水した雨水を貯水槽にためて、何度もろ過して、台所、お風呂、洗面所などで使用します。トイレは、排泄物を微生物の働きによって分解処理するバイオトイレを利用します。水を使わないので、汚水による土壌汚染や水質影響も最小限に抑えることができます。環境保全への取り組みが進む欧米諸国では、国定自然公園、沿道施設、一部地域の・・・・・
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自然災害に備えた訓練を実施する
 
自然災害に備えたサバイバルスキルの教育を推進します。世界中の科学者、研究者によって、地球温暖化が急速に進むことで異常気象をもたらし、ますます自然災害が頻繁に猛威を振るうようになると予想されています。諸外国と比較しても、日本の国土は自然災害が多く発生する国であることはご存じのことと思います。ところが、大半の人には自然災害に備えたサバイバルスキルがありません。住宅が倒壊し、インフラがストップした環境下で生き抜く事態を想定して、3日間は自力で生き抜くための必要・・・・・
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自然治癒力向上マッサージを普及する
 
伝統医学マッサージによる自然治癒力向上活動を行います。気候変動によるウィルス感染や熱中症が世界中を脅かしています。自然治癒力を向上させる伝統医学マッサージの普及活動によって、副作用のない健康を多くの人が手に入れることができます。自然災害の発生を想定した場合にも、被災や避難生活によって引き起こされる疲労や体調不良にも有効なマッサージを普及することで、互いに施術をし合って協力することは心を豊かにして幸福度をアップする側面もあります。PRAはTTMA(特定非営利活動法人・・・・・
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原点回帰ライフスタイルを推進する
 
原点回帰のライフスタイルを推進する活動を行います。医療崩壊を招いている日本社会において、予防医学を推進するためには、自然のエッセンスで自然治癒力を向上させる原点回帰のライフスタイルを提案していくことは、自然環境を壊さないで人々を健康にする事業プランです。自然環境を破壊しないで経済活動を行う方法論として私たちが最も着目している方法です。本来人間が持っている能力を開花するために自然に寄り添ったり、農薬や添加物をデトックスすることで健康を取り戻したりする試みは、・・・・・
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オフグリッドの避難所を推進する
 
地球の気候変動によって、自然災害が多発すると予想されています。ひとたび自然災害が発生すれば既存のインフラは使用できなくなります。そこで既存のインフラに頼らないオフグリッドの避難所「アースシェルター」が必要だと考えています。アースシェルターは、地下に空間を作る構造の避難所です。屋根や壁を土で覆っている構造によって、安定した室内気温を維持しやすくすることができるため、冷暖房のエネルギーコストを削減することができます。「自然環境を破壊しないこと」「エネルギーを・・・・・
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不要な不動産の引き取りと有効活用
 
不要な土地や不動産を引き取り、活用するしくみづくりを行います。右肩下がりの日本では、不要な不動産を所有することによって固定資産税や相続税の負担に苦しむ人たちが増え続けています。右肩上がりの時代に手に入れた不動産が負動産となり、これを一度相続してしまうと税負担は子供の代にも逃れられない税負担と遺物として重くのしかかってしまいます。行政による法改正もありましたが、死亡後3か月以内に限定されることと、引き取りしてもらえる土地には多くの制約が設けられていることから・・・・・
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PRA(一般社団法人自然共生社会再生機構)
206-2-20-8 Ebisu-nishi Shibuyaku Tokyo #150-0021
http://pra.or.jp