西洋では、古代ギリシアの叙事詩『オデュッセイア』には、糞尿が荘園の肥料として運ばれていくさまが描かれています。アリストパネスの喜劇『平和』やプリニウスの『博物誌』にも同種の記載があります。少なくとも古代地中海世界では、糞尿の肥料利用は始まっていました。東洋では、古代中国大陸で紀元前3世紀『孟子』『荀子』「富国」に糞尿の肥料利用が書かれていますし、『農書』(1154年)にも糞尿の肥料利用が紹介されています。游修 編著『中国稲作史』によると、唐以前に、稲作における糞尿利用が始まっていたといいます。
メソアメリカの文明でも、アステカのチナンパでも、人糞を含んだ様々な廃棄物を肥料として使われていました。何千年もの間、世界中の農業では、人間の排泄物の混じった下水や屎尿を肥料として用いてきた事実があります。1913年、化学的な方法で合成肥料を得る方法が発明されてから、ここにブレーキがかかるようになりました。
日本でも江戸時代まではヒトの糞が肥料として利用されていました。農民は長屋(集合住宅)の排せつ物を購入することもあり、排せつ物は肥料として重宝されていました。肥溜めは伝統的なもので、農家や村の人たちの排せつ物を貯蔵する穴です。この時代の排せつ物処理は肥溜めによる堆肥化がほとんどでした。肥料として用いる人糞は、そのまま使うと作物が根腐れするため、たいていは肥溜めに溜めて発酵させて利用するものでした。発酵中の物は非常に臭いが強く、クロバエやニクバエ、オオクロヤブカの発生源となるなどして衛生面に問題がありました。人糞肥料を媒介とした寄生虫の流行も問題となっていました。日本のサラダに人糞の細菌と寄生虫が多数混入していたため、GHQは日本政府に人糞肥料の中止を命じたようです。
その後、日本政府は「寄生虫予防会」を各市町村に作り、人糞肥料から化学肥料へと一大転換が行われたようです。現在では、肥料取締法によって基準が定められています。肥料取締法は昭和25年に制定された法律で、肥料を「特殊肥料」と「普通肥料」の2つに大別しています。特殊肥料とは、魚かすや堆肥等、農林水産大臣が指定したもので、普通肥料とは、特殊肥料以外のものをいいます。肥料を生産、輸入、販売する際の法律ですから、肥料を自らが使用するために生産、輸入する場合は、登録や届出の必要はありません。本当は、どんな堆肥よりも素晴らしい力を発揮するのですが、問題は、肥料を使用するあらゆる作物に繁殖し、大腸菌やサルモネラ菌を発生させてしまう可能性があることです。したがって、人間の排泄物を肥料として安全に使用したい場合は、まず病原菌と寄生虫が死んでいることを確認する必要があります。
ネットの情報では、「人糞尿を肥料に使うことは禁じられている」という記載も見つかりますが、廃棄物の処理及び清掃に関する法律では「ふん尿は、環境省令で定める基準に適合した方法によるのでなければ、肥料として使用してはならない。(第十七条:ふん尿の使用方法の制限)」との記載があります。これをどう解釈するかの問題ですが、環境省令で定める基準に適合した方法によるものならOKと解釈できます。すでに世界ではバイオソリッドと呼ばれる、安全に処理された廃水からの固形物を使っています。バイオソリッドを使用することには多くの生態学的な利点があるので、一部の専門家はさらに多く使うべきだと主張しています。宇宙飛行士の排泄物が火星でジャガイモを育てるのに役立ちます。排水から製造された商業目的のバイオソリッドは、EPA(経済連携協定)によって規制されています。人の老廃物を堆肥化することで、国は安価な肥料を作ることができ、それと同時に市民の健康を向上させることができます。老廃物の処分はコストがかかる上、環境に害をきたすので、これはアメリカやどこの国においても非常に良いこととされています。時代は常に変化しているようです。
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