日本には、ヒトの排泄物およびその関係品に由来する生薬を用いる治療法が存在します。漢方薬では人や動物の大便・小便が薬または薬の原料として一般的に用いられますが、中国大陸から漢方医学が伝わった日本でも、人糞を使った薬を用いていました。この事実は、「人屎(ひとくそ)」の名で『新修本草』や『本草綱目』に収載されています。『和名抄』では「久曽(くそ)」、『多識編』には「比登乃久曽(ひとのくそ)」の名で記載されています。解毒作用が知られており、臨床応用では産後陰脱(産後の子宮脱)や、蛇咬(蛇に咬まれた時)、痘瘡(天然痘)、鼻血に用いられたようです。
「人中黄」は、甘草の粉末を人糞に混ぜて作成する漢方薬で、解熱や解毒作用があるとされています。江戸時代の医学書『用薬須知』の6巻「人ノ部」では「大便ノ汁ナリ」と説明されています。「破棺湯」別名「黄竜湯(おうりゅうとう)」は人糞を乾燥させ粉末にし、煎じて飲み薬としました。
『本草和名』には「人屎(ひとくそ)」という項で人糞の様々な効能が紹介されています。徳川光圀の命により編纂された『窮民妙薬』では、蚕の糞、鼠の糞、黄牛の糞、猫の糞、馬糞、竹の虫糞、兎の糞、牛の糞、童子の大便と材料は多彩で、「河豚の毒を解す妙薬」の項には人糞を用いる方法が記されています。「胸虫の薬」の項では「童子の大便干し、粉にして丸じ、生姜汁にて用い吉」とあります。『和方一萬方』に「指腫たるを治る方」として「人の糞を器に入れ その上を厚き紙にて張り痛指の入程穴をあけて その内に指をさし入あたたむべし」とあります。
『用薬須知続編』の2巻には、人糞を利用したさまざまな薬が記されています。「男子屎尖」は、男性の糞の、とがった端の部分。「熱糞堆」は、人の糞が重なり熱くなったもの。「焼人糞」は、人の糞を焼いたもの。
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