タイに伝わる伝統的な古式施術法には多種多様な系譜が存在しますが、それらはすべて独自の歴史的背景のもと、仏教の精神や文化と深く結びつきながら発展を遂げてきました。この施術は単に身体を物理的にほぐす行為ではなく、慈悲の心(メッタ)を体現する精神的な儀式としての側面を強く持っています。古くから守られてきた規律や作法、そして伝統的なルールを正しく紐解くことは、この技術の本質を理解する上で不可欠なプロセスです。歴史の変遷を辿り、先人たちがどのような祈りや知恵を込めてこの手技を洗練させてきたのかを知ることは、文化遺産としての価値を尊重することに繋がります。歴史や精神的背景に興味をお持ちの皆様には、ぜひ一度この奥深い歴史の系譜をご一読いただき、現代における伝統施術の真の価値を再発見していただきたいと考えております。
タイ王国では、現在でも国民の95%が敬虔な仏教徒です。一度訪れればわかりますが、国民の生活に仏教が息づいています。ワーイという合掌もタイの人々にとって日常のあいさつの際に行う行為で、日本人が頭を下げるのと同じくらい自然なことです。日本の仏教とタイの仏教は少し違いがあります。 紀元前5世紀ごろ、インドで仏教が開かれましたが、日本に伝わった仏教は、インドからチベッを経てト、中国へと伝わり、日本には・・・・・・
上座仏教 ( じょうざぶっきょう 、Theravada Buddhism)は、 仏教の分類のひとつ。他の日本語表記として「上座部仏教」 、「テーラワーダ仏教」、「南伝仏教」 、「小乗仏教」などと呼ばれることもあります。教義的な特徴としては限りない輪廻を繰り返す生は「苦しみ(dukkha)」である。苦しみの原因はこころの執着である。そしてこころの執着を断ち輪廻を解脱するための最も効果的な方法は、教典の学習、戒律の厳守、瞑想の修行・・・・・・
仏陀(ブッダ、buddha)は、仏ともいい、インド のサンスクリット語で「目覚めた人」「体解した人」「悟った者」などの意味で悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人の事を言います。1、生誕 釈迦は、シャカ族の王スッドーダナを父とし、マーヤ夫人を母としてこの世に生をうけました。出産のため実家に向かう途中、マーヤは、現在のネパール南部にあるルンビニー園で休息をとりました。起源前563年4月8日、かたわらの木の花・・・・・・
タイの先史時代は、約100万年前のホモ・エレクトス(原人)の痕跡から、約4,000〜3,000年前の金属器時代(青銅器・鉄器)に至る長い期間を指します。東南アジアでの人類の居住は、50万年以上遡ります。最近の考古学の研究によると、 紀元前 4000年までには、現在のタイの土地に初期の青銅器文明の中心地としてコミュニティーが出現したとされています。この発展によって、水稲の耕作に伴って、社会的政治的な組織構成が進・・・・・・
現在の東南アジアにあった王国で、現在のカンボジアの元となった国。これより以前にあった チェンラ王国の流れを受け継ぐ王国で、その勢力が最大化したときは、現在のタイ東北部 、ラオス 、およびヴェトナムのそれぞれの一部をも領有していました。アンコール遺跡をはじめとする、一連のクメール遺跡などはこの王朝による建造物で、アンコール・トム (ノーコー・トム)を首都としていました。宗教的には、13世紀 に上座部仏教がインドシナ・・・・・・
現在のタイ人は、自分たちの国家の設立を13世紀としています。伝承によると、1238年、タイ民族の指導者がスコータイでクメールの大君主を倒し、タイ王国を設立したとされています。その王国の衰退の後、 1350年に新しいタイの王国がチャオプラヤー川 沿いに成立しました。スコータイ王国と時を同じくしてタイ北部の チエンマイ から中国のシップソーンパンナーにかけて ラーンナータイ王国 が繁栄しました。中国南部の雲南から・・・・・・
アユタヤ王朝 (1351年 - 1767年)は現タイ の中部を中心に展開したタイ族 による王朝。創設者はラーマーティボディー1世(ウートーン王)。タイに起こった各時代の王朝同様、中国とインド、ヨーロッパ方面を結ぶ中間に位置する地の利を生かし、貿易が国の富として重要でした。アユタヤ王朝でも王家を中心として、独占的な貿易が行われました。主に中国への米の輸出で国力を付けたほか、日本、琉球などの東アジア国家・・・・・・
ラーマ1世 (Rama I、 1737年3月20日 - 1809年9月7日)は タイ王国 の現王朝、 チャクリー王朝 の創始者。幼名は トーン・ドゥワン 。アユタヤ王家の血を引いており、アユタヤー時代の士官、 チャオプラヤー・コーサーパーンの子孫と言われています。アユタヤー王朝末期にすでに官吏として士官しておりルワンヨック・クラバットの爵位名も持っていました。ラーマ1世の称号は ラーマ6世 によって制定されたもの。・・・・・・
ラーマ2世 (Rama II、 1766年 2月26日 - 1824年 7月21日 )は タイ王国 の チャクリー王朝 の第2代目の王で、ラーマ1世の息子。幼名チム。チムは 1782年 (タイ仏暦 2345年)ラーマ1世が即位すると クロムルワンイッサラスントーン王子の名を戴きました。その後 タイの仏教 の伝統に則って出家しました。 1806年 (タイ仏暦 2349年)の副王の死によって自分が副王になり、皇太子となりました。 1809年 (タイ仏暦 2352年)に・・・・・・
ラーマ3世は、父であるラーマ2世譲りの詩人で、叙事詩『 クン・チャーン=クン・ペーン 』の作詩にも関わりました。また、ラーマ3世の治世には戦乱が減ったため世の中の安定によってインフラの整備を精力的に行うことができました。そのためラーマ3世までを「チャクリー王朝の建設期」とされています。なお正式名称の一部である ナンクラオ の名称はラーマ4世による諡号であって、生存中に一般的に用いられた正式名称・・・・・・
本名 チョームクラオ王 。幼名をモンクットと言うため、外国ではモンクット王が名前としてよく使われます。ただし、ラーマ6世の本名にもモンクットと言う語が登場するため注意を要します。元々は兄のラーマ3世よりも彼の方に王位継承権がありましたが、学業専念のために兄に王位を譲り、学問を続けました。即位までの27年間は寺に属し、経文の言語であるパーリ語 、サンスクリット語をマスターしました。その中でタイの仏教のあり方に疑問を感じて・・・・・・
ラーマ5世 (Rama V、1853年 9月20日 - 1910年 10月23日 )は本名を チュラチョームクラオ王 といいます。即位するとすぐに欧米に視察旅行をし、タイの立ち後れを実感。チャクリー改革と呼ばれる数々の改革を行いました。幼名をチュラローンコーンと言うため、外国では チュラーロンコーン大王 (King Chulalongkorn the Great)が名前としてよく使われます。タイ三大王のうちの一人で、今でも国民から人気が高く、肖像画・・・・・・
ラーマ6世 (Rama VI、 1880年 1月1日 ? 1925年 11月26日 )は、幼名がワチラーウットというので外国では ワチラーウット王 (King Vajiravudh)とも言われています。タイの王朝史上、初めて海外留学をした王で、イギリスに滞在していました。帰国後は陸軍大将を勤め、1910年 に即位すると、ラーマ5世の始めたチャクリー改革 を押し進め、多くの改革を行いました。 義務教育制度の導入、発電所、水道施設、ドーンムアン空港・・・・・・
ラーマ7世 は、タイで最後の絶対君主で最初の立憲君主。本名はポッククラオ王。幼名が プラチャーティポックサックディデート というのでその一部を取って外国では プラチャーティポック王 とも言われています。プラチャーティポックはバンコクの王宮で、ラーマ5世とパッチャリン妃の間に生まれました。 イギリスのイートン・カレッジ、ウールウィッチ士官学校、フランスのEcole Superieure de Guerreで学び、1924年の帰国後・・・・・・
ラーマ8世 (Rama VIII、 1925年 9月20日 - 1946年 6月9日 )は本名を アーナンタ・マヒドン王 という。外国では、アーナンタ王 、マヒドン王とも呼ばれています。ラーマ5世の孫で、ラーマ7世の甥に当たる人物。 1925年 (タイ仏暦2468年)ドイツのハイデルベルクで生まれました。1928年 (タイ仏暦2471年)年に初めてタイに帰ってきましたが、翌年に父親が亡くなると、兄弟三人でスイスのローザンヌで修学し・・・・・・
ラーマ9世は、「プミポン国王」(「類まれなる強い土地の力」を意味する)とも呼ばれ国民から広く親しまれていました。1927年( タイ仏暦 2470年)12月5日、アメリカのマサチューセッツ州 ケンブリッジに生まれました。ラーマ5世の69番目の子息、ソンクラーナカリン親王を父に持つ人物。学業はスイス のローザンヌ大学で修めました。 学業中にいったん休学し、第二次世界大戦終結後の1945年(タイ仏暦2488年)に・・・・・・
1952年、タイ国王・ラーマ9世とシリキット王妃の長男(第2子)として王宮で生まれました。幼少期はバンコクで学びましたが、1966年からイギリスへ渡り、キングスミード校およびミルフォード校(サマーセット)で学びました。1970年にはオーストラリアに渡り、キングス校(シドニー)で陸軍予科課程を修めました。1972年には皇太子としての名称、ソムデットプラボーロマオーラサーティラートチャオファー・マハーワチラーロンコーン・・・・・
自然治癒力を高めれば、病気も治せるものです。しかし、食生活の変化とストレスの増大によって、現代人の自然治癒力が低下していることをご存知でしょうか?ファーストフードやインスタント食品に含まれる食品添加物は、波動を下げます。本来、地球上の物質は常に変化するようにできているのにもかかわらず、変化させないようにできているものを体内に入れれば、身体がおかしくなるのは当然のことです。それから、ストレス社会。インターネットが普及し、人と人との関わり方が変化したことで、コミュニケーションスキルが低下してしまい、個人個人がそこにストレスを感じるようになりました。ストレスを感じると精神的に苦しくなるだけでなく、ホルモンバランスが乱れ、体にも不調が現れてしまいます。ストレスが原因で体調が悪くなり、仕事や学校を長期間休む人も増えています。これらの変化が人間からどんどん自然治癒力を奪っている現状があります。
アメリカでガンが減っているのをご存知でしょうか?1980年代になって欧米では代替医療が見直されるようになりました。アメリカでは1990年以降、ガンの死亡率が減少しています。一方日本では、ガン患者は増え続けています。男女とも、がんの死亡数は増加し続けています。 2013年のガンによる死亡者数は、1985年の約2倍で、国立がんセンターの予想では、2015年には日本国内のガン患者は89万人に達すると言われています。しかし、日本ではガン患者に対して未だ代替医療を推進するような動きは全くありません。旧態依然として、ガン治療においては、放射線治療と抗がん剤治療の2つの方法で治療が続けられています。日本でも代替医療の見直しを早急に進めていく必要があります。
日本の西洋医学の分野で行っている治療法は、目視で確認できるくらいの大きながん細胞は切り取って除去し、目に見えないガン細胞は術後に攻撃して殺すという手法です。ただし、放射線も抗がん剤も、ガン細胞だけでなく、正常な細胞も一緒に殺してしまっています。つまり、免疫力の備わっている人の場合、新しい正常な細胞が出来ていきますから、最終的にガンは退治できますが、免疫力が衰えている人の場合は、どんどん弱っていくだけです。西洋医学治療が間違っているのではありません。そういった治療を行いながらも、自己治癒力を向上させておく必要があるのです。病気は医者が治してくれるものだと思っていませんか?医者には病気は治せません。医者は決して魔法使いではありません。医者は病気を治すための身体環境を整えてくれているに過ぎません。病気は自分自身で治すものです。健康であり続けたいのなら、自分で自然治癒力を高める必要があるのです。西洋医学だけでは、ガンの増殖を止められないのです。
すべての病気は、もともと人間に備わっている「自分で治す力」が何らかの原因によって阻害されたから生じたということです。人間の身体には、免疫機能が備わっています。ですが、40代や50代でも不摂生を続けていると免疫力が落ちます。環境の変化に対応して、体温、血圧、水分のバランスなど、体内の内部環境は一定に保たれているように、体内に何か異常が起きると、それを修復するような反応が起きています。人間の身体はおよそ60兆個の細胞で出来上がっていますが、常に細胞は生まれ変わり、3カ月のサイクルですべて新しい細胞に生まれ変わっています。あらゆる病気は細胞の生まれ変わりが上手くいっていないと考えることができるわけです。ガン細胞は健康な人でも発生していると言われていますが、自然治癒力(修復システム)があるから、これを退治してくれているわけです。この修復システムがきちんと働かないから、がん細胞は増殖をするのです。ガンが高齢者に多くみられるのは、高齢になると一般的に免疫力が落ちてくるからです。
西洋医学では、患者自身ではなく、患者のデータを見ていると言えます。西洋医学では、過去のデータに基づいた正常値の範囲が決まっていて、検査の値がその範囲内であれば正常と判断され、範囲を超えていれば病名がつけられて治療が開始します。だから、患者がどんなに体調不良を訴えても、「検査の数値に異常がないので大丈夫でしょう。」と診察が終了します。東洋医学ではこれを未病と言い、病気と言うほどではないけれど、病気に向かいつつある状態を指し示す言葉ですが、病気のサインかもしれない重要な段階であると捉えています。東洋医学では、どんな人にも当てはまるような「正常値」という考え方はそもそもありません。身体はすべてつながっているので、ある部分だけに問題が生じるわけはないからです。たとえば肝臓が悪いからといって、いくら肝臓を保護しても、肝臓に入ってくる血液が汚ければ肝臓は良くなりません。その汚い血液は腎臓や心臓をはじめ全身の細胞に巡っているのです。
病気になってしまった人には、必ず原因があります。ガンに限らず、すべての病気や体調不良には、生活習慣の乱れ、考え方、生き方などの心の在り方が原因となっている場合が多くあります。「心」というと、うさんくさいとか、非科学的だから信用できないとお考えの方も多くいらっしゃると思います。しかし、「心」と「身体」はつながっています。例えば、「怒り」の感情でいっぱいになったとき、身体では、血管が収縮し、血液はドロドロになります。血液がきちんと栄養や酸素を届けてくれないので、内臓の機能は一気に低下します。このように、「心」がきっかけで身体が乱れるのです。同じように身体が病んでくると、不安や恐怖で「心」も乱れます。このように「心」の在り方が身体に大きく影響します。スティーブジョブスが座禅を組んでガンと闘ったのも、彼が「心」の在り方を自問自答していたと言えます。「心」と「身体」はつながっています。細かいことにこだわらず、なるべく明るい気持ちで日々を過ごすことはとても大切なことです。自分自身の気持ちが病気を作ってしまうことのないように、日々を楽しんでお過ごしください。
TouTubeで実際の施術が無料でご覧いただけます。【TTMA長老チャンネル】では、長老こと理事長の渡邊ソウイチロウが実際に施術する映像をご覧いただくことができます。公認スクールの生徒さんが撮影した動画も含まれており、見やすく編集をしたものもありますが、手を加えていないそのままの動画も含まれています。もし、それでもよろしければ、ご視聴ください。技のつなぎ方やニュアンスなども参考になるかもしれません。長老自身がオリジナルで作ったテクニックも含まれていますので、一般的に出回っているタイ古式のテクニック以外もご覧いただけます。なお、真似して怪我をされても、一切の責任は負うことができませんので、自己責任でご活用ください。きちんと学びたい方は、ぜひ、TTMAの公認スクールにどうぞお越しください。
心身共に健康であり、自分らしく生き生きと輝き続けること。これこそが、現代において私たちが目指すべき「WELL-BEING(ウェルビーイング)」の真の姿です。私たちは、体調を崩して初めて健康のありがたみに気づき、慌てて病院へ駆け込み、薬に頼ってしまいがちではないでしょうか。西洋医学は、目の前の症状を抑える「対症療法」として非常に優れています。しかし、病気になってから治療を始めるだけでは、本当の健やかさを取り戻したとは言えません。いま大切なのは、医療にすべてを委ねる前に、代替医療や伝統医学へ目を向けることです。自分の身体と丁寧に向き合い、自ら健康を維持し、高めていこうとする「主体的な心構え」が求められています。近代医療の進歩の陰で、私たちがいつの間にか見過ごしてきた伝統医学の技。それは、何百年もの歴史の中で先人たちが命がけで検証してきた、智慧(ちえ)の結晶です。人間の身体を一つの小宇宙として捉え、全体のバランスを整える伝統理論に基づいた自然療法は、化学薬品のような副作用の心配がほとんどありません。身体が本来持っている「自然治癒力」を優しく、しかし力強く呼び覚ましてくれます。